本来の意味とは

記念写真の本来の意味とは何なのでしょうか。
辞書では文字通り、「何がしかの事柄を記念して撮影する写真」となっています。
記念日に価するのは誕生・お宮参り・七五三・入園・入学・成人式、そして歌にもなるほど人々の心に残るのが卒業写真です。
その後は、就職・結婚・昇進と続き、還暦などを言う賀寿、人生の最後は葬儀の写真で締めくくられることなります。
更に今は、子供を授かった時にマタニティ記念に、そしてその後の記録も撮り続ける夫婦も増えているとか。
記念日というものは、ずっと加えられ続けるものなのかもしれません。
このように折々に記念写真を撮ることで気持ちの上で新たなスタートをきれる、自分の存在を確認できる、一生に一度か数回しかないことを後々まで写真で思い返すことができる等の利点に意義があるのだとされます。
個人の生涯の記録である自分史を写真で作るのもいいかもしれませんね。
言葉にすると表現しにくくても、写真を見れば理解できる場合があるものです。
自分史に興味がある私も、写真を揃えて作ってみようかと思っています。
生まれてきて現在までのその時その時の写真は必ずあるはずなので、記録に当てはめていくのは面白いような気がして楽しみです。
写真はその人の姿だけでなく背景にある思い出、思いも残すものです。
だからこそ、その写真への思い入れも深くなるのです。
我が家の場合、共働きで息子を育ててきた為に精神的な余裕が持てず成長記録をしっかりつけてあげることも叶いませんでした。
忙しかったことを理由にはしません。
沢山の同じような立場の方がおられ、ほとんどの方はきちんと子育ての記録も残されているのですから。
これは私の人間性に余裕がなかったからに過ぎません。
でも、保育園では写真を一杯撮って下さって、息子が少しずつ成長していく姿を残して下さいました。
このことは感謝以外の何ものでもありません。
そして少し成長した息子の写真を今度は親が沢山撮りました。
男の子は嫌がるものですが、旅行も一緒に連れて行き、思い出づくりを心掛けたものです。
でも、それは息子の為ではなく親の為の思い出づくりだったのですが…。
それがわかったのは、息子の結婚式でこれまでの写真のスライドを見た時だったかもしれません。
それらの写真には、間違いなく当時の親子の思いが綴られていたのです。
子供は間違いなく親から離れていきますが、写真とその時の思いは残ります。
だから私がしてきたことは決して間違いではなかったのだと実感した瞬間でした。
我が家では息子が結婚した時も、小さい頃からの写真は持たせませんでした。
息子が家庭を持ったこれからは、息子自身が思い出を作っていけばいいのです。
これまでの写真や思い出は親のものとして、大事にしていくつもりです。
そして、いつの日か私達が他界した時は、改めて自分の写真を、親の思いと一緒に受け継いでくれたらと思っています。
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