記念写真は愛のしるし

一枚一枚の写真には、いろいろな愛情がこめられているものです。
記念写真には、その時々の家族愛・人間愛が存在しているでしょうし、スナップ写真には時間の移ろいへの愛もこめられています。
人は一生でどれだけの写真を撮るのだろうと思った時、写真の数はその人の人生を刻む糧になっていることに気づきます。
写真があるということは、誰かとかかわっていた証拠でもあります。
風景の写真は別として、自分が写真に写っているということは誰かに撮ってもらったということですから。
オートタイマーという手もありますが通常は集合写真でもない限り使わない機能ですよね。
愛情は男女の愛だけではありません。
親子愛・家族愛・人間愛…草花や物に対してさえ愛情を感じるものです。
その愛情は、その対象となる人や物と一緒に写った画像にも表れます。
笑顔一つにも感じられる愛情がその写真を生かせているのです。
造った笑顔はわかるものです。
笑顔が溢れているのに冷たく感じる写真があり、それを見るのは悲しいものです。
まして、それが自分の大好きな人と撮った写真だったら、きっと写してもらわなければよかったと思うでしょう。
写真は一瞬だけでなく、ずっと残ります。
だからこそ大切なのであり、だからこそ辛いのです。
記念写真の中で一番大切な写真は…と訊かれたら、私だったら何と答えるでしょう。
赤ちゃんの時の写真があれば、もう戻れないその頃の自分の姿は貴重であり、自分のルーツなのだから大切でしょうね。
残念ながらそれが存在しないので、他に…と思った時、3枚が候補にあがりました。
一枚目は夫との結婚式の写真です。
きちんとした写真ではなくスナップではあるけれど、ウェディングドレスの若い自分の姿に愛着を感じます。
二枚目は息子が生まれた時の写真です。
もう絶対に見られない我が子のこの世で最初の写真です。
三枚目は…この世で運命的な出会いをして、別世界ではあるけれど50年間寄り添ってきた大好きで大切な人とハグしているツーショットです。
それ以上は近しくはなれない人だからこそ、この写真を撮ったときのことは生涯忘れないでしょう。
どれも大切な愛情のこもった写真です。
同時に、私が生きてきた証の私にとって大切な記念写真なのです。
記念に写真を撮りたい…そう思うことは愛情のしるしなのだと私は思っています。
余談として、もう二枚の写真があります。
私が人生最大に太っていた頃と、ダイエットして一番痩せた頃の写真です。
この二枚の写真を見ると、自己愛、つまり自分への愛情を感じます。
辛いことを乗り越えて得た成果は素晴らしく、どんな場合も尊いものですから忘れてはいけないと肝に銘じています。
どちらの写真にももう戻れませんが…。
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